出産後、私にひとつの変化がありました。
元々、きれい好きではあったと思うのですが、赤ちゃんを目の当たりにして、

「こんな綺麗なもの(存在)見たことない!!!」
と心が叫びだし、ありとあらゆる汚れが気になるようになったのです。
その赤ちゃんときたら、いろんな物を舐める。触りたがるし、口に入れたがる。
「やめて~!!!」
と言ってもわからのいので、掃除したり、洗濯したり、こちらの対策を強化することにしました。
今では知識もつき、この時期にいろんな菌に少量ずつ触れることは、免疫や腸内細菌の多様化に役立つということを知っていますが、当時はあらゆるものが、バイキンマンに見えていた私。子どもが公園の滑り台をペロペロしていたら、知識がついた今でも、嫌のものは嫌です・・・笑。
曖昧な知識を持ったまま、いろんな事を信じてしまうんですよね。この時期は特に。
○もっとたくさん汚れさせた方が身体が強くなるよ。
○粉ミルクより、母乳をあげる方が免疫力がついて、病気になりにくくなるんだよ。
○たくさんの人に触れあう方が、人見知りがなくなって、愛嬌がある子になるよ。
○赤ちゃんの頃から、英語のCDを聞かせておくと自然とネイティブな発音になるよ。
etc…etc…etc…
ほんとにたっくさんの情報を耳にして、どれを選んで何をすればいいのか。
情報過多すぎて、母はもういっぱいいっぱい・・・。
そんな時、思いました。
なぜ、学生の頃の授業に「妊娠・出産・初めての育児」が組み込まれていないのだろうと。
私の記憶だと、サラッと勉強したぐらい。
ほんとにサラッと。
世界史で、異国の過去の王の長い名前を暗唱する時間、あの時間に将来役立つかもしれない女性のための勉強を教えてほしかった。(世界史の先生ごめんなさい。)
思春期って恥ずかしさがあると思うけれど、選択授業のひとつとして「生涯の女性ホルモンについて」「産後のメンタルケア」「赤ちゃんについての知識」こういう事に少しでも触れる機会があればよかったなと、心から思います。
そうすれば、私みたいな育児迷子が少しは。。。
少しくらいは、安心して育児を楽しめたかもしれない。。。
私には妹がいるのですが、やはり産後、育児をなかなか楽しむことができなかったと言っていました。
ある日の旦那さんとの会話でのこと。
「子どもの成長って早いね。赤ちゃんが生まれてから、歩き始めるっていう時期が一番可愛くて、楽しかったなぁ。」
としみじみ言った旦那さん。
この言葉を聞いた妹の胸の中は、なんだかザワザワしました。
「あれ?確かに可愛かったけど楽しかったかなぁ?」
もやもやを抱えた妹は、後日私にこの話をしてくれました。
「旦那さんは、すごく楽しかったって言っていたけれど、私はあの子どもがキラキラしていた時期を、楽しんでいた記憶がほとんどなくて、すごくショックだった。後悔してる。なんでもっと楽しめなかったんだろう?」
同じような気持ちを抱く私は、自分に言い聞かすように言いました。
「私も楽しんだ記憶なんてないよ。
毎日、命を守ることに気を張って、勉強して、必死に育児してた思い出ばっかり。
全然楽しくなんてなかった。
明日に命を繋ぐために、一生懸命だったから、楽しむ余裕がなかっただけのことで、
《楽しくなかった》その記憶こそが、母親として必死にがんばっていた勲章だと思う。」
「そうだね。私達、がんばってきたもんね。
楽しめてない自分が悲しかったけど、それだけがんばってきたってことだもんね!
昔の写真みたら、私笑ってるから、楽しんでる時もあったのかも~」
と、持ち前の明るさを発揮して、笑っていました。
時々こうやって励まし合いながら、今も育児をがんばっています。
とっても、ありがたいです。
思い出すのは、大変だったことや悲しかったこと。
人って次に同じ失敗を繰り返さない為に、そんな記憶が残りやすいって聞いたことがあります。
確かに自分の幼少期で思い出すことは、楽しかったことよりも、できなかったことや、恥ずかしかったことが多い気がします。
でもほんとは楽しんでいた。とっても愛しく思っていた。
日々に忙しさに、ちょっと忘れているだけ。
たくさんの中から選んだファーストシューズで、初めて歩けた一歩。
泣きじゃくって、くしゃくしゃになった顔に、思いっきり力が入ってぷっくら膨らんだ目。
「だっこ」って上に手を伸ばす仕草。
「おいしい」って喜んで食べてくれたごはん。
初めて「ママ」って呼んでくれた声。
小さな小さな手の温もり。
初めて笑った日。みんなで喜んで、声をあげて笑った優しい記憶。
腕の中で安心して眠る寝顔。
一緒に散歩した道の夕暮れの景色。
たくさんの初めてをもらって、忘れたくないこともいっぱいできました。
正解はなくて、
人それぞれ、その子それぞれだから、
育児迷子になってしまうけれど。。。
「ただ愛しい」
この気持ちを時々思いだして、肩の力をぬいて、迷子になりながらも前進していきたいと思います。
時には、こんな日もありました。
毎日一生懸命に家事をこなして、仕事をして、育児に悩んで、
ふと気がついた時には、自分自身がいっぱいいっぱいになっていて、
今日もたくさん怒ってしまった・・・。
そんな自分を責めて、
自己嫌悪におちいって、また自分を責めて・・・。
「こんなはずじゃなかったのに。あんなに望んだ我が子に、本当はもっと寄りそって優しくしたいのに。どうしたらいいのか、わからない。」
負のループが止まらずに、なんとか抜けだそうと、眠る前に携帯で同じような体験をしている人からのアドバイスや、方法を検索し続ける日々。
そこにテレビを見て笑う旦那さんに、イライラが募ります。
(仕事帰りで疲れているんだろう。リラックスする時間も、必要。)
頭ではわかっていることだけど、心が納得していません。
「じゃあ、私は?いつリラックスしたらいいの?」
涙が溢れ、言葉にしなくても、態度で伝わってケンカになりました。
年月を経て、私達夫婦は学びました。
もっと早い段階で、
「こうしてほしい。こうしてほしかった。これを手伝って助けてほしい。少し、ひとりになる時間がほしい。」
そうやって、具体的に声をかけることを。
我慢して限界になった時って、意地になって、差し伸べられた手を素直にとることもできないんですよね。
そうなる前に。
気づいてもらうことは、なかなか難しいから、自分で声をだして伝える。
伝える努力をする。
わかろうとする思いやりの気持ちを持つ。
そして、いろんな人に助けを求めてみる。
そうすると、傷つくこともあるけれど、誰かの優しさに触れることもあったりします。
キラキラした日々を懸命に駆け抜けた母たちは、時々後悔しながら、目には見えない勲章を胸に、今日もがんばっています。
毎日、おつかれさまです☆


