初育児。初めての事が多すぎて、とっても大変でした。
母乳をあげることに苦戦し、汗まみれになって泣きながらの格闘‥‥(T_T)
喜びよりも不安が大きく、笑顔で優しく接する母親のイメージとはかけ離れていて、ずっと緊張感が張り詰めていました。今思えば、私のその緊張感や不安を赤ちゃんは敏感に感じ取っていたんだと思います。
母親に抱っこされると泣き止む。。。
なんてことはなく、私が抱っこしていて泣いているのに、他の人に変わると泣き止むなんてことは、しょっちゅうありました。
そして、それを気にしてさらに不安になる。。。悪循環です。
後に知ることになったのですが、私自身がHSPでした。
几帳面なので細かいことが気になるし、「なんとかなる」「きっとうまくいく」なんて言葉とは無縁。。。
これ、あってる?
暑くないかな?
ゲップ出てないのに寝かしても大丈夫?
吐き戻して、息ができなくなったりしない?
おしりが荒れてきたけど、病院行ったほうがいいかな?
母乳は足りてる?もう少し、粉ミルク足す?
よく眠ってるけど、そろそろ4時間経つし起こしてミルク飲ませた方がいいかな?
予防接種、1人で連れて行くのは不安すぎる。
途中、ベビ-カーで泣いたらどうしよう?
できるだけ空腹で行った方がいいのかな?
予防接種の後、熱が出たらどうすればいいんだろう?
疑問は尽きることなく。
そわそわそわ。
不安。不安。不安。。。絶えない心配と不安。
そんな状態の私。産後の体調やメンタルが下降気味のなか、周りからの言葉が心にグサグサとささり、傷ついていきます。
ささいな一言。
「もっとこうした方がいいよ。普通はこうなんだけどなぁ・・・。」
敏感で、周りの言葉を気にしすぎる私は、さらに毎日ヘトヘトです。
よかれと思って言ってくれたアドバイス。
不安感にどっぷり浸かっている私には
{みんなと同じようにできてないんだ。もっとしっかりしなくちゃ。ダメなママだ。}
そんな風にしか受け取ることができませんでした。
感知する能力がものすごく高い人がHSPだと思っています。
そして、引きずります。
それはそれは、もう長い時間。ズルズルズル。。。
なんて生きづらいんだろう。
20代の頃から、鈍感力を上げる本を読み、「気にしない」ということを目標に掲げ、繊細な自分自身を変える努力をし続けてきました。
結果、心を鍛えることは難しいです。
傷つくし、「気にしない」なんてことはできませんでした。
それどころか、別の誰かになろうと無理をし続けることで、少しずつ自分自身を見失っていきました。
ずっと記憶の片隅に残っている子どもの頃の声の記憶。。。
「なんでもっとあの子みたいに明るくできないの?もっと人前でハッキリしゃべらないと、お友達できないよ。ほんとにあなたは変わっているわ。」
幼少期から言われ続けた言葉は、知らないうちに心にトゲのように刺さっていきます。
このトゲは普段気づくことはないけれど、ある日突然、
〈チクッ。チクッ。〉
って痛みを感じて、さらに心の深いところに刺さっていく。
私にとって、子どもを育てるということは、このチクチクした心の痛みを再び感じて、なんか変だな?って立ち止まっては、自分自身を見つめ直していく作業の繰り返しでした。
子どもって、本当にたくさんのことを教えてくれます。
私自身の良いところ、直した方がいいところ、ずっと刺さっていた心のトゲも。
空の青さも、どんぐり集めの楽しさも、普段見上げることのないスーパーの壁に描かれている大きな魚の絵も、秋の葉っぱのカサカサした音、冬の寒い日に水をバケツに張っておいて翌日に凍ることを願ってワクワクする気持ち。
子どもの頃の幸せを、思い出させてくれます。
この幸せの感覚を私が知る(思い出す)のは、もっと先のお話ですが。。。
こうして、にっち君との不安な育児生活がスタートしたのでした。



